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コソヴォ北部での衝突他

anica2


Picka ti materina!

アーニツァだ。


セルビア内閣組閣の動向を見ていたのだがまだなんとも言えない状況だ。

間を空けるのもまずいと思うのでその後のニコリッチの動向と、

あとコソヴォ北部でのセルビア人とKFORとの衝突に関するニュースについて語るぞ。


まず、ニコリッチだが、大統領就任式ごはブリュッセルを訪問すると言いつつ、先週末にモスクワを訪問した。

これはグルジアのニュースからの引用のようだが、グルジアの南オセチアとアブハジアの独立を認めることを伝えたということだ。

私はニコリッチは表面上EUにいい顔をしつつロシアに接近すると考えているので、概ねその方向かなぁ。


今のところ私が目にした情報で周辺国の反応はこれだけだが、重要だ。

ボスニア、大統領評議会のバキル・イゼトベゴヴィッチ、「ニコリッチはボシュニャク人と虐殺の犠牲者を侮辱している」

ボスニアは三民族の代表が大統領評議会というものを構成し、8ヶ月交代でボスニア大統領となる。

イゼトベゴヴィッチはボシュニャク人の代表だ。

このままボシュニャク人が先鋭化するとしたらと考えると非常に厄介だ。

そうなればセルビア人のスルプスカ共和国との分離に発展する可能性があるし(それはクロアチアが非常に警戒している)、

またともにボスニア連邦を構成するクロアチア人との仲も悪化する可能性がある。

なにしろボシュニャク人とクロアチア人は90年代の内戦で殺しあっているのだ。

そうなると孤立するボシュニャク人はイスラムにより接近するかもしれない。

その場合のシナリオは以前のエントリで書いたとおりだ。


さて、コソヴォ北部での衝突だ。

6月1日、コソヴォ北部のズベチャン北部でKFOR軍がセルビア人のバリケードを撤去、その際セルビア人と衝突、KFOR側は催涙弾を発射するなどしてセルビア人とKFOR側双方に負傷者が出た。

私自身は大事にはならないと思うのだが、時期が時期だけに注視している。

この件についてセルビア政府は緊急の国家安全保障会議を開催。

この件についてニコリッチはまだ具体的な声明は発していないようだ

一方、セルビア社会党党首のダチッチは訪問先のスルプスカ共和国のバニヤ・ルーカで、具体的なことは言わなかったものの「セルビアは対抗措置を取るべきだ」と声明。

これに関連して、コヌーズィン・ロシア駐セルビア大使は「大アルバニア主義を警戒する」との声明を発表。

コヌーズィンはセルビアは中立であるべきとしつつ、全面的にセルビアおよびボスニアのスルプスカ共和国を支援する意志があることを表明した。

地政学的状況がまた1999年の頃に戻る可能性がある。もうEU、NATOにモルドヴァ以西のウクライナ、コーカサスなどに関与する意志も能力もないだろう。

ただロシアと西欧主要国の間に死活的な利害の対立がないことから深刻な事態にはならない。ただコソヴォの件をEU単独でどうにかすることはかなり難しくなった。


さらに、気になることが一つ。

これはあくまでも頭の片隅にでも置いておくべきだろうが、

ニコリッチはクラグイェヴァツの出身。この街は第二次大戦中に独軍による住民虐殺があった場所で記念碑等が建立されている。

今コソヴォ北部にいるのは独墺軍なのだ。

これがどうニコリッチの思考に影響するかは知りようがないが、一応頭の片隅に入れておくことにしよう。


それではきょうはここまでだ。

Laku noc i Do vidjenja!
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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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No title

はじめまして、よく見させてもらっています。
今後の更新、楽しみに待っています。

ロシアはセルビアになにを望んでいるのでしょうか?
同じスラヴの人たちとはいえ、今も古い盟約みたいなものがあるのでしょうか。
ウクライナはロシアにとって重要なのはわかります。CISにしろ身を守るものでしょうし、
南オセチアや沿ドニエストル共和国などの旧ソ連領域のロシア的世界の線引きから引き下がることはないようにみえます。、
旧ソ連の近い外国と違って、ロシア本土から遠いセルビアには、分離主義の抑止にしても、2000年代と比べるとかなり肩入れしているように感じます。

Re: No title

ラーダ様、

コメントありがとうございます。
90年代(エリツィン政権時代)にロシアはかなりセルビア(当時新ユーゴ)に肩入れしていました。ボスニア内戦ではロシアは新ユーゴ側に個人参加(公式には政府は関与しない形)の「義勇軍」を送っていますし、ロシア、ベラルーシが結ぶ擬似連邦に新ユーゴも参加し、1999年の停戦後すぐに平和維持部隊をコソヴォに派遣しました。
こうした90年代の関係が復活しつつあるように見えます。
もともとロシアとセルビアは伝統的に関係が深くタディッチの時代にも関係は維持されていました。
冷戦終結以後のロシアのこの政策は南東欧のど真ん中の国に影響力を保持することでNATOの東欧政策に一枚噛むことを目指すのが目的だと思われます。
観察の仮定でまた新たな発見があるかもしれませんが、それはブログの中で書いていきます。今後ともよろしくお願いいたします。
プロフィール

crnaoluja

Author:crnaoluja
こんにちは。
東欧地域の戦略環境分析が専門のシンクタンクで研究員をしておりますチェコ出身のエリシュカ・マジャーコヴァーと申します。

ネクロマンサーのすぴか、その一味のミルチャ・アントネスクとともに東欧情勢について御説明していきたいと思います。

ハンガリー以北(V4)+バルト三国は私、南東欧がミルチャ、地政学・戦略論など理論面はすぴかが担当致します。

文責は @crnaoluja (twitter)

ミルチャのアイコン絵はあんねこ先生より頂きました。
http://a-n-neko.tumblr.com/

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