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(小話)ボスニア、コソヴォへの過激イスラムの浸透の可能性

anica2

Picka ti materina!

アーニツァだ。


大統領選はまあまあ予想したとおりだ。

決選投票の予想などはここでは書かないつもりだ。どうせ結果はすぐ出ることだし、その時点で今後どのように事態が進展するのか考えるほうがいいだろう。

だいたい集合離散が激しく選挙中に言っていることを信じていいのかわからない、しかもキャスティングヴォートを握っているセルビア社会党のダチッチが曲者とあっては予想は難しい。


今回は、こう書くのも悪い気がするが、軽く念頭においてもらえればあとで役に立つかもしれないということだ。


90年のボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦とコソヴォ紛争の話だ。

どちらもイスラム教徒が当事者であり、国際過激イスラム組織からの「援軍」があった。

彼らの目的はボスニアとコソヴォ、アルバニアに過激イスラムの拠点を築くことだった。

結果は、両方とも失敗した。

理由は二つある。

1. ボスニアのイスラム教徒もアルバニア人も世俗的すぎて過激イスラムとソリが合わなかった。

2. 両者の西欧志向。

1.はチェチェンでも見られたことだ。チェチェンのイスラムは「本流」から見れば大分変質したものである上に世俗的であり、援軍に来た過激イスラムの連中はまず現地人の信仰を非難したために彼らから「ヒゲ野郎」などと言われ反感を持たれた。

2.は西側諸国がイスラム側について強力に介入したためだ。

さらにダルマチア海岸地帯を占めるカトリック国のクロアチアがボスニアに過激イスラムが入るのを妨害した(例として1995年5月にイスラム側の指導者として入国しようとしたカッセムがクロアチアで行方不明になった)

アルバニアの場合、当時のサリ・ベリシャ大統領は過激イスラムに好意的であったことから同国内での拠点作りは若干成功したが、政権交代で新西欧の政権が誕生したことにより結局挫折した。

ちなみにこの作戦を指揮していたのが当時ジハード団首領、現在アルカイダでビンラディンの後継者と目されているアイマン・ザワヒリだ。→ザワヒリについて


現在はどうか?

まず、1.について。

これについては、あくまでも印象であることをお断りしておくが、

ボスニアのイスラム教徒(ボシュニャク人)はどうも最近宗教色が強くなってきたように思われる。

ボシュニャク人は内戦終結後「ボシュニャク民族(それ以前はボスニアのイスラム教徒としか呼ばれなかった)」としてのアイデンティティーを強調する傾向がある。

彼らは自分たちの言語を「ボスニア語」と規定した。彼らの言葉はセルビア語、クロアチア語とほとんど変わらないし内戦終結までこれらと同言語扱いされていたのだが、いまやボシュニャク人のボスニア語と規定し上二言語との差異を強調する方向に向かっている。

詳しくはここを見て欲しい。

これはまだボスニアの統一的公用語としては規定されていない。だが「ボスニア語」という名称は同じくボスニア・ヘルツェゴヴィナを構成するスルプスカ共和国のセルビア人には疎外的なイメージを与えているだろう。

このようにボシュニャク人は自分たちの独自性、他の二民族からの差異を強調するあまり、宗教色を強めている印象がある(ただしこれは現地調査にいかないと具体的にわからないので念のため)。

その反作用としてセルビア人が警戒を強め、さらにその反作用としてボシュニャク人が、という負のスパイラルに陥っていると思われる。


そして、アルバニア。

間が悪いことに、今のアルバニア首相はあのサリ・ベリシャだ。

ちなみに彼はコソヴォに接するアルバニア北部が基盤であり、KLAに武器を横流ししていたとみられているほとコソヴォに肩入れしている。


2.については今後のEUの状況いかんにかかってくるだろう。

EUが自滅し米国の欧州安全保障への関与の程度も不透明になってきている昨今、どの程度まで西側がボスニア、コソヴォ、アルバニアに関与できるのか疑問だ。


そして、仮にこの二つの地域がイスラムで盛り上がった場合に連動する可能性がある。

理由は、コソヴォとボスニアをつなぐセルビア領サンジャクの存在だ。

以前からのエントリで触れたように、サンジャクのボシュニャク人は宗教的になってきている。

それは、セルビアの今後の状況如何によるだろう。ニコリッチが当選する事態になって右傾化すればここに対する締め付けは強化され、過激化すると思われる。

それはコソヴォも同じだ。

アルバニアに以前のように過激イスラムが浸透すれば、

そしてコソヴォの(そして今後のセルビアの)状況如何でコソヴォにも浸透するような展開になれば、

サンジャクを通ってボスニアに通じるルートが開ける。1995年までのようにクロアチアに邪魔されることは無い。


とにかく、今後のEUの状況如何、

そして中東・北アフリカの状況如何だ。

中東・北アフリカの状況の混迷化に乗じて過激イスラムが浸透するか否かはここで論じることはしないが、

EUの弱体化と中東・北アフリカへの過激イスラムの浸透が同時に起こればバルカンのこの地域にも浸透してくる可能性はある。



それでは今日はこんなところだ。

Laku noc i Do vidjenja!
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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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crnaoluja

Author:crnaoluja
こんにちは。
東欧地域の戦略環境分析が専門のシンクタンクで研究員をしておりますチェコ出身のエリシュカ・マジャーコヴァーと申します。

ネクロマンサーのすぴか、その一味のミルチャ・アントネスクとともに東欧情勢について御説明していきたいと思います。

ハンガリー以北(V4)+バルト三国は私、南東欧がミルチャ、地政学・戦略論など理論面はすぴかが担当致します。

文責は @crnaoluja (twitter)

ミルチャのアイコン絵はあんねこ先生より頂きました。
http://a-n-neko.tumblr.com/

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