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マケドニアの対ブルガリア感情

anica1

Picka ti materina!

アーニツァだ。


コソヴォはコソヴォ北部のセルビア人が住民投票を延期するか否か議論中というだけなので、今回はマケドニアの対ブルガリア感情についての記事で少々。

マケドニアの反ブルガリア・メディアがスタニシェフ元大統領をターゲットに

スタニシェフの言葉の原文がわからんので詳しい論評はできないが、

記事によれば「反ブルガリアで知られるマケドニアのメディアが、スタニシェフが自分はマケドニア人であると言ったいう意味を誤認」とある。



以前のマケドニアについてのエントリを呼んで頂ければわかるが、マケドニア共和国の民族主義は扱いが難しい。

まず、気をつけなければいけないのは、自分がマケドニア民族とはっきりと認めマケドニア民族主義を信奉している人々は現在のマケドニア共和国の人のみだということだ。

マケドニアは第一次・第二次バルカン戦争、その続きとも言える第一次、第二次大戦の結果セルビア(ユーゴスラヴィア)がヴァルダル・マケドニアを。

ギリシアがエーゲ・マケドニアを。

ブルガリアがピリン・マケドニアを。

そしてアルバニアがオフリド湖南方を小さい地域を取得した。

その中で唯一「マケドニア人」という民族名を獲得したのは社会主義ユーゴ統治下のヴァルダル・マケドニアだけだ。

その他のマケドニアに住むスラヴ人は、マケドニア人と名乗る人もいればそうでない人もいる。


これが、マケドニア人はブルガリア人であると主張して譲らないブルガリアとの関係を複雑にしている。

ギリシアは当初彼らを「スラヴ語を話すようになってしまったギリシア人」としていたが、今は「ギリシア伝来の土地の場所ふさぎをしているけしからんスラヴ人」と認識を変えている。

ここでは複雑な民族感情はもう存在しない。

しかし、対ブルガリア関係となるとそうもいかない。


マケドニアにとって状況が困難なのは、現在周囲の隣国で関係を密にしなければいけないのはブルガリアしかないということだ。

そもそも、マケドニアのスラヴ系住民の間にはブルガリアに対する反発と親愛の2つの相反する奇妙に入り混じった感情が存在してきた。

ご存知のようにマケドニアはギリシアの強硬姿勢のせいで(経済制裁も実行した)国旗を変えられ国連にはマケドニアではなく「旧ユーゴスラヴィア共和国マケドニア(FYROM)」の名前で加盟した。

しかしブルガリアはマケドニア共和国の名前を認めている。

これは当然ライバルのギリシアへの牽制の意味があるが、それはマケドニア人に対する非情に近しい感情があるためだ。


マケドニア人は、ブルガリアに対し相反する複雑な感情を抱きつつ今後もつきあっていくと思われる。

ただ、その負の感情の面が時としてこうして噴出するというわけだ。



今日はこんなところだ。

Laku noc i Do vidjenja!
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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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Author:crnaoluja
こんにちは。
東欧地域の戦略環境分析が専門のシンクタンクで研究員をしておりますチェコ出身のエリシュカ・マジャーコヴァーと申します。

ネクロマンサーのすぴか、その一味のミルチャ・アントネスクとともに東欧情勢について御説明していきたいと思います。

ハンガリー以北(V4)+バルト三国は私、南東欧がミルチャ、地政学・戦略論など理論面はすぴかが担当致します。

文責は @crnaoluja (twitter)

ミルチャのアイコン絵はあんねこ先生より頂きました。
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