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コソヴォ北部でセルビア人とKFORが衝突

anica3

Picka ti materina!

アーニツァだ。


コソヴォ北部でのセルビア人住民によるバリケード構築問題は、解決の落としどころが全く見えないままエスカレートしている。

コソヴォ北部のヤグニエニツァで、KFORと集結していたセルビア人住民が衝突、KFOR側に二人、セルビア人側に30-50人の負傷者が出た。

事は、KFOR側がバリケードを撤去しようとしたことが原因だ。

だが、ここに多数のセルビア人、また、ニュースによればセルビア人が多数を占めるコソヴォ北部の町の町長達、並びにコソヴォのセルビア人の指導者的な位置にあるオリヴェル・イヴァノヴィッチが集結した。

情報が錯綜しているようだが、

KFOR側が放水車、催涙弾、ゴム弾で鎮圧行動、

それに対しセルビア人側が投石、そして報道によれば小口径の銃で攻撃しているようだ。

KFOR側の負傷者は弾丸により負傷したものらしい。


この段階で、私はいくら考えても落としどころが見つからない。

アルバニア人側はコソヴォ北部の分離など認めないし、

またそれではくり返し「コソヴォを取り戻す」と言ってきたタデイッチ政権(穏健なタデイッチ政権でもこの主張は譲らない)がそうした解決法を取ることはできない。

そして、タデイッチ政権が降りたらあとは…だ。


そもそもの問題の発端はどこにあるのだろう?

コソヴォが独立したときか? 

西側主要国はコソヴォの独立を認めないべきだったのか?

しかしそうした場合アルバニア人の側の民族感情が危険域に達し、バルカン南西部一体の安全に影響したかもしれない。


私は、個人的には、1999年のユーゴ攻撃は限定的なものにすべきだったと思っている。

もともとあの攻撃は、セルビア治安部隊のコソヴォでの弾圧行為をやめさせることが目的だったはずだ。

それがいつのまにかミロシェヴィッチ政権を倒す戦いになってしまった。

そうではなく、あくまでも目標を限定し、目標を達成したあとは現状維持に徹するべきだったのだ。

バルカンでは、純粋な弱者などない。力関係が逆転すれば状況が逆になるだけなのだ。

だからセルビアのみを悪者にする方法は取るべきではなかった。

「セルビア内のアルバニア人少数民族問題」であったのが、

今度は「コソヴォ内のセルビア人少数民族問題」としてバルカン安全保障の管理者達に問題を突きつけている。

こうしたマトリョーシュカ現象は冷戦終結後旧東欧・ソ連地域のあちこちでうんざりするほど生起したものだ。

彼らは一体何を学んできたのだろうか?


タデイッチのつぎの声明も空しい響きがある。

タデイッチ、「早期解決を」


今日はこんなところだ。

Laku noc i Do vidjenja!
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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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Author:crnaoluja
こんにちは。
東欧地域の戦略環境分析が専門のシンクタンクで研究員をしておりますチェコ出身のエリシュカ・マジャーコヴァーと申します。

ネクロマンサーのすぴか、その一味のミルチャ・アントネスクとともに東欧情勢について御説明していきたいと思います。

ハンガリー以北(V4)+バルト三国は私、南東欧がミルチャ、地政学・戦略論など理論面はすぴかが担当致します。

文責は @crnaoluja (twitter)

ミルチャのアイコン絵はあんねこ先生より頂きました。
http://a-n-neko.tumblr.com/

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