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マケドニア問題2

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この争いは、セルビア王国がドゥシャンの死後急速に瓦解したこと、ならびにオスマン朝がモンテネグロを除くバルカンの全てを手中にしたことで中断されます。

ここが問題化するのはオスマン朝の力が弱まりバルカンの諸民族が独立にむけて動き始めた19世紀です。ですが、現在に続くマケドニア問題が発生したのは1878年、ベルリン条約からです。

それまでセルビア、ブルガリア、ギリシアが「解放区」を広げつつ半独立状態から独立へと登りつめていきます。そうして3国とも徐々にマケドニアに向けて領域を広めていきます。

最初に手中にするかに思われたのはブルガリアでした。ブルガリアの独立運動(4月蜂起)に対するオスマン朝の鎮圧の仕方があまりに残虐だったと欧州の世論が沸騰し、ロシアがそれに乗じトルコに戦争を吹っかけてブルガリアからトルコ軍を駆逐します。バルカンにおいて汎スラヴ主義政策を取るロシアは親露的なブルガリアを自国のバルカンに対する影響力の源泉にすべくブルガリアの独立をオスマン朝から獲得し、そのブルガリアに全マケドニア地方を与えてしまいます。(サン・ステファノ条約)

これに対し西欧列強が介入、これを当時欧州のバランサーを自認するビスマルクが調停、ベルリン条約の結果全マケドニアはブルガリアから分離されます。

かくしてブルガリア、セルビア、ギリシアの眼前にマケドニアが手付かずの土地として残りました。各国はこの地方を切り取ろうとあの手この手を使い、例えば武装勢力を潜入させるとか、宗教でとりこもうとするとか。

重要なのは、この時期マケドニアのスラヴ系住民の間にナショナリズムのようなものが芽生えたということです。VMRO(内マケドニア革命機構)というものが組織され、1903年にオスマン朝に対して蜂起しますが鎮圧されます。(イリンデン蜂起) ただしVMROはのちのちまでテロリズムを繰り返しつつ存続し、冷戦後マケドニアのみならずブルガリアでも政党の名前として復活します。

さて、1912年、バルカン諸国のオスマン朝に対する最後の戦いである第一次バルカン戦争が起きます。開戦前、ブルガリア、セルビア、ギリシアの間であらかじめマケドニアの分割協定が結ばれました。だが、ブルガリアがオスマン朝軍の主力と交戦して手が回らない隙にセルビア、ギリシアはマケドニアの大部分を切り取ります。戦後、ブルガリアが協定どおりの取り分を両国に要求するとそれを拒否したばかりか、対ブルガリア同盟を結んで対抗しようとします。これでぶち切れたブルガリア軍が両軍を攻撃すると、失地回復を狙うオスマン朝、ならびにルーマニアがブルガリアに宣戦し、ブルガリアはあっという間に敗北(第二次バルカン戦争)、結局ブルガリアは最も苦労しながら最も少ない領土をもらっただけで、しかもルーマニアに領土を割譲(南ドブルジャ)する羽目になります。

ルーマニアの参戦は火事場泥棒的ですが、マケドニアに全く無関係ではありません。マケドニアにはヴラフ(vlah)人という少数民族がいます。マケドニアのみならず、例えばブルガリアのバルカン山脈中、クロアチアのイストリア半島の内陸部などにも居住しています。カルパチア山脈にいた集団が最も多く、それが後に「ルーマニア民族」形成しました。ルーマニアはワラキアとモルドヴァが合邦してできた国ですが、ワラキアという名称はヴラヒア(vlahia)からきたとされています。ヴラフ人の定義は、バルカンを支配していたローマ帝国の市民でラテン系の言語を話し、スラヴ人などの侵入などから逃れるため山に移動した人々ということになっていますが、現実はより複雑です。ともあれ、マケドニアのヴラフ人はルーマニア語と相似た言語を話し、現在でもルーマニアは彼らに、ルーマニア留学のための奨学金を出すなど援助しています。

ともあれ、第二次バルカン戦争での上記三国のマケドニア分割が現在まで続く国境線の元となっています。この戦争はオスマン朝勢力退潮後の初の多民族入り乱れての凄惨な戦争となり、またアルバニア人問題(あとで別のエントリで書きます)を発生させるなど、問題多き以後のバルカン情勢はここから由来することになります。

この三国の中で、ベルリン条約のときといいバルカン戦争のときといいもっとも貧乏くじをひいたブルガリアは以後マケドニアの「回復」が至上命題になり、以後の二回の世界大戦ではマケドニアをくれるというほうに味方する、つまり二回ともドイツ側につくということをしたためさらに国土を失う羽目になっていきます。セルビアは英仏と関係が深く、ギリシアはバルカンにおける枢軸国勢力の駆逐のための橋頭堡として必要なのでどうしてもブルガリアを敵側にせざるをえなかったのです。

第二次大戦後以降については、次に。


続く
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Author:crnaoluja
こんにちは。
東欧地域の戦略環境分析が専門のシンクタンクで研究員をしておりますチェコ出身のエリシュカ・マジャーコヴァーと申します。

ネクロマンサーのすぴか、その一味のミルチャ・アントネスクとともに東欧情勢について御説明していきたいと思います。

ハンガリー以北(V4)+バルト三国は私、南東欧がミルチャ、地政学・戦略論など理論面はすぴかが担当致します。

文責は @crnaoluja (twitter)

ミルチャのアイコン絵はあんねこ先生より頂きました。
http://a-n-neko.tumblr.com/

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