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マケドニア、クマノヴォの銃撃戦について

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Dobry vecer!

エリシュカです。


さて…

日本でも報道されていますが、マケドニア北部の町クマノヴォで9日からアルバニア系武装集団とマケドニア警察との銃撃戦が行われ、警官8名、武装集団14名の死者を出して鎮圧されました。

クマノヴォは首都スコピエからセルビアへと通ずる幹線道路が通り、またブルガリアの首都ソフィアへの道路の分岐点でもあります。

まだ今後情勢がどう動くかは注視する必要があります。

ブルガリアの報道ではクマノヴォ外でも銃声が聞こえたとありますが、これについては今のところ頭の片隅においておく以上のことはしないほうがいいと思われます。
http://www.blitz.bg/news/article/335790?utm_medium=twitter&utm_campaign=news3&utm_source=twitterfeed

マケドニア政府は武装集団は、どこからとは言いませんが「越境して来た」と発表し、グルエフスキ首相は武装集団の何人かは中東で戦闘訓練を積んだと声明を出しています。
https://twitter.com/BogdanovskiA/status/597402916253736960


これはあくまでも武装集団と警官隊との銃撃戦であり、アルバニア人とマケドニア人との民族紛争ではありません。

クマノヴォのアルバニア人の一部はセルビア側に避難するなど、一般レベルで戦闘に関与した者は少ないと見られます。
http://www.tanjug.rs/full-view.aspx?izb=178077#.VU5Hzf889Kx.twitter

マケドニア警察スポークスマンのコテフスキによれば武装集団は元NLA(アルバニア人民解放軍)メンバーにより作られたとのことです。そもそもこの銃撃戦はマケドニア当局による過激派掃討作戦に対する応戦であり、マケドニア当局は相手側についてあらかじめ情報を持っています。
http://www.balkaninsight.com/en/article/macedonia-mourns-for-killed-policemen-while-shootout-continues?utm_source=feedburner&utm_medium=twitter&utm_campaign=Feed%3A+LatestHeadlinesFromMacedonia+%28Macedonia%3A+Latest+Headlines%29


NLAは、1999年のNATOによるユーゴ空爆後コソヴォのアルバニア人が高揚していた時期、2001年の冬から春にかけてクマノヴォ含むマケドニア北部一帯で活動したのち、マケドニア南部の都市オフリドでマケドニア人とアルバニア人との和平合意が結ばれてのち解体され、

元NLAのメンバーにより民主統合連合(DUI)という政党が立ち上げられました。

そして、傍目には奇妙なことながら、現在のマケドニアの政権は、マケドニア人民族派のVMRO-DPMNEとこのDUIの連立政権です。
http://www.independent.mk/articles/16771/VMRO-DPMNE+and+DUI+Coalition+Functions+Properly

今後、この2つの連立政党の関係がどのようになるのかが注目すべき点となります。


さて、この問題はさらに複雑なのです。

マケドニアの現野党のマケドニア民主社会同盟(SDSM)は現政権と鋭く対立、というか泥仕合的な関係となっています。

政権側はSDSMを外国のスパイであるとし、また野党側は政権内の通話内から殺人事件への関与が疑われる内容が得られたということで、この銃撃戦まで野党が率いる激しい反政府デモが行われていました。


今後注目したい点は以下。

1. グルエフスキ首相の立場はこの銃撃後どうなるか。アルバニア系過激派への対処がマケドニア国民にどう評価されるか。

2. あるいはグルエフスキ首相はこの件をどう野党対策に利用するのか。

3. DUIとの関係。


この件についてブルガリアは大きな関心を持っています。

モンゴルを訪問中のプレヴネリエフ大統領はこの件について声明を発しました(特に興味を引く点はなかったです)
http://www.blitz.bg/news/article/335786?utm_medium=twitter&utm_campaign=news3&utm_source=twitterfeed

2001年のときはブルガリア(当時NATO非加盟)軍に援助を頼むという話もあり、ブルガリアはマケドニアにとって良くも悪くも関係の深い相手であり続けています。

ブルガリアの極右アタカはマケドニアを助けにいくべきだと主張しています。

ギリシアの反応に興味があるのですが、彼らは債務問題のことで頭がいっぱいのようです。


ちなみにセルビアの軍事評論家が、ロシアが進めるトルコストリームを念頭に置いて、トルコストリームが通る予定の国々でもっとも不安定化の懸念があるのがマケドニアであり、マケドニアでの反政府デモの激化にはワシントンの影響があると言っていたことを引用して、今回の件はその延長戦上にあるというセルビアの記事がありましたが、眉唾です。

何度も書いていますように、バルカンは西側に取って柔らかい腹であり、

ここの不安定化は自分に跳ね返ってくるのです。


次は、続報があれば書きますが、それとスルプスカ共和国内でのテロ事件について触れてみたいと思います。

今日はこんなところでしょうか。

それでは、Na shledanou!


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管理人への執筆依頼などはこちらの連絡先でお受けいたしております。 http://seeuro.com/?page_id=10
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マケドニアのアルバニア人の分離?分権?

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Доброго вечора!

教祖です。


今のところ南東欧のほうで危険と見られる動きは見られないのでウクライナとそれに関連した動きのほうに集中しています。これに関してはこちらのブログのほうに書いています。

http://belaoluja.blog.fc2.com/


さて、マケドニアでは一見奇妙な、スコットランド独立騒ぎに便乗したような動きがありました。

アルバニア人政治家のネヴザト・ハリリが数十人の同士とともに、マケドニアの首都スコピエで「イリリダ共和国」の樹立を宣言しました。

http://www.balkaninsight.com/en/article/republic-of-ilirida-declared-in-macedonia?utm_medium=twitter&utm_source=twitterfeed

住民投票を現グルエフスキ政権に要求していますが、完全な独立ではなく、マケドニア共和国との連邦を構想しています。

一見どうということもない件ですが根はそれなりに深いものがあります。

この件は初めてではないのです。90年代初頭にこうした動きをこのハリリという人物は行い、住民投票なども実施しています。

この件自体は大したことはないものと見られがちですが、マケドニアにおけるマケドニア人とアルバニア人との関係は良好ではないのでこの動きがアルバニア人全体に波及する可能性はないのか、観察する必要はあると思われます。


ところで、セルビアのガシッチ国防相は、在セルビア・ロシア大使と両国の防衛協力について協議しました。

http://www.rts.rs/page/stories/ci/story/124/%D0%94%D1%80%D1%83%D1%88%D1%82%D0%B2%D0%BE/1701329/%D0%A3%D1%81%D0%BF%D0%BE%D0%BD+%D1%81%D1%80%D0%BF%D1%81%D0%BA%D0%BE-%D1%80%D1%83%D1%81%D0%BA%D0%B5+%D1%81%D0%B0%D1%80%D0%B0%D0%B4%D1%9A%D0%B5+%D1%83+%D0%BE%D0%B4%D0%B1%D1%80%D0%B0%D0%BD%D0%B8.html

軍事面だけではなく軍人の教育、医療、技術にわたる範囲での強力を行うことで合意されました。

ちなみに、ロシアのラヴロフ外相はボスニアについて先日デイトン合意の枠組みは守られるべきであると発言しました。

今現在の動きから見て一見スルプスカ共和国に対する牽制に見えますが、実際には連邦制を解消して一つの国家体制にするという動きに対する牽制であり、スルプスカ共和国に対する援護射撃です。

さらに、ロシアはスルプスカ共和国に財政援助を行うことで合意しました。

http://www.nezavisne.com/novosti/bih/Rusi-pomazu-budzetu-RS-i-salju-mazut-263351.html


僕は以前から、セルビアとスルプスカ共和国は露がNATO・EU圏に持つ地雷と認識しているので、こうした行動は想定の範囲内です。


今日はこんなところでしょうか。

それでは、

До побачення!


「歴史問題で譲歩する気はない」ブルガリア大統領

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Dobry vecer!

エリシュカです。


今回は大したニュースはないので、手短にいくつか。

ブルガリアのプレヴネリエフ大統領「ブルガリアは歴史問題で妥協しない」

この「歴史問題」とは何かというと、戦争責任などそちらの方向の話ではなく、

ブルガリアがずっと取り続けている、「マケドニアはブルガリア固有の領土、マケドニア人はブルガリア人、マケドニア語はブルガリア語」というスタンスから、

「マケドニアの歴史はブルガリアの歴史」という立場を放棄しないということです。

ブルガリアのこの感情については、過去エントリ(マケドニアの項)を参照してみてください。

ブルガリア人のこれに対する執着は他民族が理解するには容易ではないでしょう。

私自身も、マケドニア、マケドニア人、マケドニア語はブルガリア、ブルガリア人、ブルガリア語ではないというブルガリア人に一人しか出会ったことはありません。

確かにマケドニア語(注:マケドニア共和国のマケドニア語)はブルガリア語の文法、基礎語彙(もちろんマケドニア語独自の語彙もあります)とセルビア語の語彙を合わせたような言語ですが、言語が同じか否かは多分に政治的なものです。

この「言語問題」については、2000年にブルガリアのストヤノフ大統領(当時)がマケドニアを訪問した際にマケドニア語を「マケドニア共和国憲法に定められた公用語として」認めるということで決着したことになっています。


マケドニアが未だオスマン朝の支配下にあった時期は、彼らは自分達が何民族であるのか規定できず、

独立運動が活発になってVMRO(内マケドニア革命機構)を名乗るグループが複数できましたが、

来るべきバルカン連邦の中で一構成要素となることをめざす「連邦派」と、

ブルガリアの援助で独立を果たそうする「最高派」の二つに分かれました。

この状況を変えたのが旧社会主義ユーゴの基でマケドニア(セルビア占領地)が民族名と共和国を与えられたことです。

その後ここのマケドニア人の中に独自のアイデンティティーが生まれ、それが独立後のマケドニア共和国の国民によりさらに発展させられたことは今まで何度も書いてきました。

このため、マケドニア人はブルガリア人としてマケドニアの保護国たろうとするブルガリアとの軋轢が生じるようになりました。

つい最近もマケドニアの学者が、ブルガリア人の言説を逆転させて「ブルガリア人はマケドニア人」であると公言した学者が現れました。


しかし、私は結局はマケドニアはブルガリアとの関係は良好な状態を維持せざるをえないと思います。

ギリシアがこのような状況だからです。

ギリシャ世論調査、極右政党「黄金の夜明け」の支持率が拡大

反移民感情高まるギリシャ、外国人への暴力を警察が無視=人権団体

来年には、マケドニアでギリシアを刺激するような要素が満載の「スコピエ2014」が始まるため、要注視です。


それでは、今日はこのへんで。

Dobrou noc! Na shledanou!

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

変わらぬ状況、コソヴォとマケドニア

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Picka ti materina!

アーニツァだ。


短文エントリしか書けなくなるので更新をためらわれるほど状況に進展が無い。

民族間の緊張が高まっている状態で変化が全く無いのは緊張が日に日に増大しているということだ。

更新を空けるのも気が引けるのでエントリを投下するが、今回は短いものになる。


コソヴォはほとんど解決に向けた進展が無い。

バン国連事務総長のレポート「民族間の緊張はコソヴォの安定にとって深刻なリスクになっている」


マケドニアも同様だ。

例の殺人事件の件でアルバニア人が11日デモを行った。

これに対抗してスラヴ系マケドニア人側もデモ。

このデモを取材したセルビア・ラジオテレビの報道によれば、彼らは「アウシュヴィッツにぶち込め!」「スレブレニツァの虐殺第二弾を食らわせてやる!」「シプタル(アルバニア人の蔑称)に死を!」との横断幕を掲げていた。

ちなみに、私はセルビア・クロアチア語(という言い方がまだ使えるとして)使用者でこの「シプタル」の語を使わない人と話したことが無い。

セルビア・クロアチア語のテキストではアルバニア人は「albanac アルバーナッツ」だが、この語を少なくとも私は聞いたことがない。

全く民族主義的思想の無いリベラルなボスニア人でもシプタルと言っていたので、ひょっとしたらアルバーナッツの単語を知らない、シプタルを蔑称と思っていない人が多かったりするのだろうか?

ちなみにシプタルはアルバニア語でアルバニア人を意味する「shqipter シュチプタル」に由来する。


あとは、ちと引っかかるニュース。

マケドニアのダネフスキ元農相が公金横領でブルガリアで逮捕されたが、

記事によれば彼がブルガリアに近寄り過ぎておりマケドニア当局から睨まれていた、

過去に似たような件がいくつもあった、という見方があると報じている。

それはマケドニアの親ブルガリアグループの見方で、ダネフスキの釈放を求めているようだ。

そのばあいブルガリア当局が彼を逮捕した理由がわからないのだが、とりあえずこのニュースを載せておこう。


それでは、今日はここまでた。

Laku noc i Do vidjenja!

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

マケドニア、民族間の緊張

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Picka ti materina!

アーニツァだ。


うーむ、元気よくいきたいのだが

今日は花粉症が酷くて昼間鼻かみどおしで調べものしてたらかなり気力体力消耗してしまってな…

今年は鼻血がでるくらい症状が酷いのだ。

頭もぼんやりしてるので、今回は小ミス回避のためにもさらっと流しておく。


anica3


で、マケドニアだ。

以前のエントリで書いたスコピエ近郊での殺人事件の件だが、

容疑者が特定され20人が拘束、逃亡中の者は名前と顔写真が公表された。

マケドニア当局はこの事件をテロリズムとして捜査、今までに銃器やコソヴォ解放軍の写真アルバムなどが押収されている。

こうしてマケドニア政府がこれらのアルバニア人を過激イスラムテロ組織と「決めつけた」ことに対してアルバニア人たちがスコピエでデモを行った。

マケドニア当局は逃亡中の者たちがコソヴォに潜伏しているのではないかとコソヴォ当局に協力を要請している。


私はこの件の真相については全くわからない。

しかし一連のこの事件における最大の問題は、マケドニアのアルバニア人の多くがマケドニア当局を自分たちの政府とは事実上みなしていない点だ。

容疑者をアルバニア人であると「決めつけた」と主張するということは彼らはスラヴ系マケドニア人の政府(実際にはアルバニア人政党と連立を組んでいるのだが)を自分たちとつながりの無い、自分たちを抑圧するモノとみなしているということだ。

スラヴ系とアルバニア人との間の緊張が政府対アルバニア人という構図になったら実に危険なことになる。

実際、ほんの12-11年前にアルバニア人の武装勢力がスコピエ近郊まで脅かすという事態が生起した。

コソヴォもマケドニアも安全保障面では事実上NATOの管理下にあるとはいえ、コソヴォの状態が全く進展していないなどどこまで紛争を抑止できるか疑問だ。

とにかくコソヴォとマケドニアのアルバニア人を絶対に連動させないことだ。


あとは簡単なニュースだ。

コソヴォ解放軍(KLA)の戦争犯罪人とみなされる者が逮捕されたことでセルビア本国のアルバニア人がデモを行った。

ボスニアのスルプスカ共和国大統領ドディクはトルコのボスニア接近をボシュニャク人のみを対象とする内政干渉と表現し、またトルコがボスニアのNATO加盟を後押ししていることに関して「セルビア人はNATOから受けた被害を忘れていはいない」と警告。


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おっと、香ばしいニュースがあったのを忘れていた。

ブルガリアの駐マケドニア大使がVMROの創設者ゴツェ・デルチェフの墓に献花しようとして暴漢に襲われた。

ブルガリアはこの件について非難。

VMROとは何か、マケドニアと周辺諸国との関係、いわゆる「マケドニア問題」については以前のエントリでせつめいしたので深くはつっこまない。

かいつまんで説明すると、ゴツェ・デルチェフは現ギリシア領マケドニアのキルキス生まれで内部マケドニア革命機構(VMRO)を創設した。

VMROという組織はいくつも現れたが、大まかに「連邦派」と「最高派」の二つに分類できる。

これは、当時「マケドニア民族」というものは存在せず、マケドニアのスラヴ人が地域的なアイデンティティしか持っていなかったことに起因する。

すなわち、「連邦派」は来るべきバルカン連邦の枠内で自治を獲得する、「最高派」はブルガリアの力でマケドニア地域の統合を目指すというアプローチだ。

後者は、ブルガリア民族主義の尖兵としての性格も帯びることになった。

現在ブルガリアに存在するVMROという組織はブルガリア民族主義組織だ。

ブルガリア領マケドニアにはゴツェ・デルチェフの名を冠した街が存在する。

しかし、のちセルビア領マケドニア(現在のマケドニア共和国)が社会主義ユーゴの枠内で「マケドニア人」という民族名と「マケドニア共和国」という「国家」を与えられたことで、マケドニア人の民族主義が生まれることになった。

現在マケドニア共和国の政権与党VMROはマケドニア民族主義の政党だ。そしてブルガリアにはブルガリア民族主義政党としてのVMROがある。

この違いが今回の事件を引き起こしたものといえる。


ただ現在ブルガリアとマケドニアとの関係は良好だ。

ギリシアは独立したときから敵対的だし、アルバニアとは国内のアルバニア人問題がある。

セルビアとの関係も良好だがセルビアとギリシアは昔からの友好国であり、結局ブルガリアしか隣国で頼れるところはいないという状況だ。


今回はここまでだ。

Laku noc i Do vidjenja!





テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

crnaoluja

Author:crnaoluja
こんにちは。
東欧地域の戦略環境分析が専門のシンクタンクで研究員をしておりますチェコ出身のエリシュカ・マジャーコヴァーと申します。

ネクロマンサーのすぴか、その一味のミルチャ・アントネスクとともに東欧情勢について御説明していきたいと思います。

ハンガリー以北(V4)+バルト三国は私、南東欧がミルチャ、地政学・戦略論など理論面はすぴかが担当致します。

文責は @crnaoluja (twitter)

ミルチャのアイコン絵はあんねこ先生より頂きました。
http://a-n-neko.tumblr.com/

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