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ギリシア、親露派政権の誕生

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Dobry vecer!

エリシュカです。


さて、ギリシアに先日極左政党SYRIZA(Συνασπισμός Ριζοσπαστικής Αριστεράς)を与党とするツィプラス政権が誕生しました。

これは右派政党の独立ギリシア人(ANEL: Ανεξάρτητοι Έλληνες)との連立政権です。

この連立に関しては、反緊縮財政以外政策上の共通点がないという声を聞きます。

しかし、あと二つ、反EUと親露のスタンスという共通点もあるのです。


ツィプラス政権がどのような内政を行うかについてはまだ未知数ですしこのエントリでは論じません。

ここでは、当面予想される、ツィプラス政権がEU・NATOの対露政策に与える影響について見てみたいと思います。


ツィプラス首相が就任後初めて行ったのは、第二次大戦時に独軍により処刑された200名のギリシア人の追悼でした。

http://www.washingtonpost.com/blogs/worldviews/wp/2015/01/26/greeces-new-prime-minister-wants-germany-to-pay-for-nazi-war-crimes/

SYRIZAは基本的に独に第二次大戦の賠償を求める立場であり、EU内でのギリシア・独の不協和音の増大が懸念されます。


さらに、SYRIZAは明確な親露的スタンスを取っています。

EUの対露強硬政策には一環して反対し、またツィプラスは昨年5月にロシアを訪問した際クリミアの「独立」を支持する旨を表明しています。

https://euobserver.com/foreign/127393#.VMgxVu_mPQ8.facebook

独立ギリシア人もこのスタンスです。


ギリシアはロシアにとって非常に地政学的に重要な位置にあります。

逆に言えばEU・NATOにとってロシアにここに付け込まれるのは当然厄介なことになります。

しかし債務問題について現ギリシア政府とEU間に軋轢が生じるならば安全保障上の論理から外れたところでEU・NATO内でギクシャクが生じる恐れがあります。

この記事はそうした懸念について書いたものですが、

http://www.neurope.eu/article/new-greece-and-nato%E2%80%99s-world-warcraft

こうした軋轢は、バルカン半島の国際関係のシステムの構造を変化させ、新たな不安定化を招くかもしれません。

しかし現在のギリシア問題の根本的な部分であるギリシア人の意識は短期間で変わるものではなく

http://carnegieeurope.eu/strategiceurope/?fa=58826

http://carnegieeurope.eu/strategiceurope/?fa=58821

このポピュリスト連立政権はそう簡単にEU寄りにはならないのではと思われます。


とりあえず期待されるのが、SYRIZAの対外政策の穏健的性格によりマケドニアなどとの関係が改善されることですが、右派政党と連立を組んでいる以上どこまでそれができるのかはまだ不透明です。

ともあれ、今後はセルビアと並んでギリシアも注視していく必要が出てきたようです。


今日はこんなところでしょうか。

それでは、Na shledanou!
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ギリシアの今後の地政戦略


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Dobry vecer!

エリシュカです。


今日は、ギリシアの地政戦略についての記事についての感想を書いてみたいと思います。

その前に、ボスニアからのニュース。

ボスニアの、これはボスニア連邦と思われますが、最近バルカンで多発する山火事消火のための消火ヘリが到着したというニュース。

その一方、スルプスカ共和国大統領のドディクはロシアからの消火ヘリ購入を検討。

まさに同床異夢ですね。


さて、今日の本題です。

ギリシアからのニュースに、今後のギリシアの地政戦略についての展望について解説委員と思しき者のヴィジョンがありました。

「地政学のテーマについて考える」

一言で言えば西側につきつつ多角的な外交を、ですが、どうも内容が悲観的です。

昨今の経済事情もあるでしょうが、地政学的にギリシアの重要性が低下しつつあることも理由であるのかもしれません。

ちなみに、これは今年7月11日の読売の朝刊の記事ですが、ロシアによるギリシア金融市場への多額の投資、天然ガス漬け、さらのロシア外務省参加の交流機関による「ギリシアを支えろ」キャンペーンが行われているということです。

中国も活発に投資しており、経済的には露中の影響がだいぶ強まっている気配です。

さて、ギリシアの西側にとっての地政学的重要性はなんでしょうか。

冷戦構造が消滅した今、ギリシアの東の押さえとしての役割はすでに終了しています。

ロシア、コーカサス、中央アジア、中東への橋頭堡になるトルコの持つ地政学的重要性とは比べ物になりません。

さらに、ギリシアは伝統的に親セルビアであり、1999年のNATOによるユーゴ空爆の際に軍事行動には参加していません。

さらに隣国マケドニアとの間にマケドニア独立以降国旗や国名に言いがかりとでも言うべきイチャモンをつけ続けています。

これは経済制裁にまで発展し、ついにマケドニアは国旗を変更し(旧国旗は古代マケドニア王国の紋章「ヴェルギナの星」を用いていた)、さらにマケドニア自身は承服していませんが現在欧米で「正式に」使用される国名は「旧ユーゴスラヴィア共和国マケドニア(FYROM)」となっています。

しかしギリシアはそこにもマケドニアの名前が入っていることが気に食わず、この「国名論争」は未だに続いています。

以前のエントリでも紹介した、マケドニアに関係した全ての歴史上の著名人の像を建てまくる(アレクサンドロス、フィリッポス二世、ユスティニアヌス一世)「スコピエ2014」でさらに関係が悪化する可能性があります。

ギリシアとアルバニアとの国民感情も良好とはいえませんし、西側諸国にとってギリシアは安全保障面でも問題児視されているのではないかと思われます。

NATOのフルメンバーとでもいうべき古参のため、ギリシアの軍事力はバルカンでは突出しています(今後どこまで低下するかはわかりませんが)

ギリシアが今後どのような地政戦略を取るべきかはギリシア国民がどのような今後どのようなヴィジョンを持つようになるかで決まります。

現在の経済的混乱状態が続く中では明確なヴィジョンを考えるまでには時間がかかると思います。

ただ、報道によればギリシア国内で移民に対する排外的な感情が高まっているとのことで、そうした原始的な感情が地政戦略のヴィジョンを描いてしまう恐れもあります。

今後、ギリシアの目が北を向くのかどうか、注意して見ていかなければなりません。


ヴィジョンが見えないといえば、こちらの記事はただ事実を羅列しているだけでどのように紛争を解決のほうに導いていくのか全く分かりません。

OSCEのミンスクグループによる調整

前のエントリでお書きしたアルメニア将校殺害事件についてもさらっと述べているだけで、今後どのようなヴィジョンに基づき解決のための戦略を描いていくのか残念ながら見えてこないですね。

このことについてはより深い調査が必要なようです。


それでは、今日はこのへんで。

Dobrou noc! Na shledanou!

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

ギリシア、戦中・戦後の内戦について

anica3

Picka ti materina!

アーニツァだ!


…ちと弁解ができんな…

なにしろ管理人が被災地ではないにしろ福島の隣の震度6強が来た県に住んでいて、震災後のごたごたや原発事故の情報を注視してないといけなくて出てこられなかったのだ。

非常に難しい状況下だったのだが、どうやらこのブログの使い方に新たな要素を付加しようと思い立ったようで、それについての勉強期間も加わって再開が延びてしまった。

その分の成果は今後どんどん出していくので、今はごめんなさいと今後にご期待とを申しておくぞ。


anica2

しかしバルカンをとりまく戦略環境が激変していく中でブログにノータッチだったのはつらいものがあった。

EU内の経済問題とりわけバルカンの国であるギリシアについてのまだ終結していない騒動、

地中海沿岸(加えて紅海沿岸にも広がったが)中東諸国での激動とNATO軍の介入、

バルカンへの影響というわくでくくってもどれも注意深く観察・分析していかないといけない要素だ。


ちなみに、ギリシアはバルカンの国ではあるのだが、旧ユーゴ諸国での武力紛争のようなものが国内に起きる可能性は少ないと判断して、

分析対象国ではなく、対象国を見る際の戦略環境の一部としてのみ扱ってきた。

しかし、過去にマケドニア・アルバニア・西トラキアをめぐる戦争に参加した国であり、直接的な影響は少ないにしても、対マケドニア関係のような非軍事的国際紛争がどう影響を及ぼすかについては注意していかねばならないと思っている国だ。

実際、以前のエントリでギリシア国内の排外主義の高まりについて書いたし、また以下のような事件もあった。

ギリシャの人種差別団体、イスラム教徒40名の焼殺図る


繰り返すが、ここではあくまでもバルカンでの将来起こる可能性がある紛争、特にマケドニアをめぐる紛争にギリシアがどのように影響するかにのみ限定してお伝えする。

ギリシアの経済問題と国内での大規模なデモについては、これへの影響に限定して分析することになる。


今日は、とりあえず戦中・戦後のバルカン史の中でギリシアが体験した内戦を、前史として手短にお伝えしよう。

バルカンで共産主義パルチザンの国家と言えば大抵の人は旧ユーゴスラヴィアを思い浮かべると思う。

だが、実際はギリシアもそうなる可能性が非常に高かったのだ。

1941年4月6日からの24日間のマリタ作戦によりギリシアは枢軸国により占領された。

国王ゲオルギオス2世はエジプトに逃れ、かの地で亡命政府を樹立するが、占領前までギリシアでは国王の支持の下メタクサスによるファシスト的な独裁政治が行われており、亡命政府は国内からは冷ややかな目で見られていた。

以後、占領下のギリシアでは、ユーゴで王党派のチェトニクと共産パルチザンが発生したように、

亡命政府寄りのEDES、そしてギリシャ共産党により組織されたEAM(「民族解放戦線」)の軍事部門ELASが組織され、

大まかに独軍とこの二者の三つ巴の内戦状態になっていたこともユーゴと共通する。

そして、ELASがもっとも優勢・勢力を伸張したこともユーゴと共通する。

しかし、肝心な部分がユーゴと相違していた。

スターリンとチャーチルの戦後のバルカンでの勢力圏協定により、ギリシアは英国の勢力圏にとどまることになっていた。

そのため英軍の援助はEDESのみに集中した。


1944年5月ギリシア国内の全ての対枢軸政治勢力と亡命政権がレバノンに集結し、ゲオルギ・パパンドレウを首相とする新政権を樹立させた。EAMはこの段階では4分の一の閣僚ポストをもらうことで政権樹立に協力した。

だが、戦後このパパンドレウ政権がパルチザン諸派に対し武装解除を行うと、EAM(ELAS)はこの要求に抵抗した。

1944年12月3日にデモから生起したELASの政府・英軍に対するアテネでの戦闘はELAS側が優勢だったが、英軍が本格的に介入して一ヶ月あまりの後鎮圧。

英ソ両国の立会いの下行われた和平交渉でもEAM(ELAS)は妥協せず、アテネを撤退。

ELASは国境を越えてユーゴに逃避した。

後、ゲオルギオス2世の王政復古ののち、1946年3月よりELASはDSEと改称してユーゴから南下。

ユーゴ、アルバニア両国の援助を受け、一時はアッティカ地方まで南下した。

しかし、ユーゴのコミンテルン追放によりDSEはユーゴ派とソ連派に分裂して争いが生じた。この混乱を嫌いユーゴは援助を停止。以降DSEは勢力を加速度的に落としてゆく。

さらに重要なのは、DSEはギリシア北部のマケドニア人(当時マケドニア人と名付けられていたのはユーゴ国内のみであったが分かりづらいのでこう呼称する)やアルバニア人が多数参加しており、一般のギリシア人の指示を取り付けられなかったことだ。

1949年8月の、今度は米国に支援されたギリシア政府軍の北上によりDSEは壊滅。10月にアルバニアにいた指導者ザカリオスが戦闘中止を命じて内戦は終結した。

DSEの多くは降伏するか亡命。この一連の内戦でギリシアは甚大な被害を受けた。


大まかに述べてみたが、ここで押さえておきたいのは、内戦に民族紛争的な側面があったことだ。

彼らの多くは自らをギリシア人と規定しているという。

彼らはスラヴ人風の姓、例えば -ov や -ovski をギリシア風の -οπουλοΣ と改姓した。

ただ、私がブルガリアでマリヤ・チャブダロヴァ教授より教えられたことによると彼らの改姓は強制的であったという。

現在ギリシア領マケドニア(エーゲ・マケドニア)に住む「スラヴ人」の多くは自らをギリシア人と規定しているが、90年代に入って自らを「マケドニア人」あるいは「ブルガリア人」と規定する2つの政党が設立された。

ちなみに、第二次大戦中ブルガリアに占領された西トラキア(マケドニアからトルコとの国境までの地域)ではブルガリア化、民族浄化が行われた。



このような地域がギリシアの北部にあることを指摘しておきたい。

今後、ギリシア国内の状況、そしてこの地域の情報について、バルカンの安全保障に影響する範囲においてお伝えしていくぞ。

それでは、

Laku noc! Do vidjenja!!

ギリシア独立記念日の事件(少しだけモスクワのテロ)

anica1


Picka ti materina! アーニツァだ。

管理人が忙しく、また更新が滞ってしまったことをお詫びする。

前回に提示した問題については、ニュースを追いながらその都度背景説明、解説していこうと思う。


さて、今回の件はギリシアでの民族主義、わけてもマケドニア、アルバニアに対する嫌感情についての事件だ。

3月25日、ギリシア独立記念日、軍事パレードにおいて行進するギリシア沿岸警備隊特殊部隊の隊員が「血をみんな抜き取ってやる! アルバニアの豚め!」などと過激なシュプレヒコールを上げた。

http://www.balkaninsight.com/en/main/news/26957/

そのときの模様だ。

http://www.youtube.com/watch?v=lY4kJXLbrCs

リンク先にギリシアの極右についての動画があるので見て欲しい。こういうのは幾分かプロバガンダが入るので判断は各自にまかせる。

この動画では、観衆が拍手を送っていることに注目したい。

この問題ではギリシア側は両国政府に対し自国大使に公式に謝罪を行わせている。


マケドニアとは、未だに「名称問題」で双方は歩み寄りを見せていない。

ギリシアは「『北マケドニア共和国』なら賛成する」と提案しているがマケドニア側は主張を崩していない。

こうもギリシアがこだわるのはマケドニアが古代ギリシアの栄光の名前である(当時の記録に古代オリンピックでマケドニア王国代表が参加しようとしたらマケドニアはヘレネスではないと難癖をつけられたというのがあるが…)とともに、マケドニアがギリシア領マケドニア地方への領土的野心を持っているのではないかとの疑惑を持っているからだ。

さらに、ギリシア領マケドニア地方(いわゆるエーゲ・マケドニア)からは戦後「スラヴ系住民」はユーゴスラヴィアに移住して以来この地方にはスラヴ系住民は存在しないというのがギリシア政府の立場だが、実際にはギリシアに残留したスラヴ系住民は未だ存在し、彼らはギリシア風の姓を名乗ることを強制された。

こうしたことからギリシアはこの問題で決して譲らない、あるいは「北マケドニア」の名称に固執すると言う立場を取り続けている。


アルバニアとは表立って領土問題で争ってはいないが、ギリシア民族主義者は1912-13年の第一次バルカン戦争でギリシア軍が占領した「北エピルス」はギリシア固有の領土と見なしている。

民衆レベルではアルバニア人のギリシアでの犯罪行為などが主な関心事であるようだ。


経済悪化でギリシア内で蠢くこうした動きがどこへ行くのか。

パパンドレウ政権が自分達に向かう民衆の不満の矛先をどうするのか、当面はそれにかかっていると思う。


さて、久しぶりにすぴかに登場してもらおうか。

モスクワの件だ。


supika1


えー、かなりお久しぶりです。すぴかでございます。

そろそろ春で私の体も腐敗が進むかと少々鬱だったのですが、このところの寒の戻りで一息ついているところです。

さて、今回はモスクワのテロの件で少々。

このブログではバルカン情勢の背景として黒海沿岸・ロシアを扱うとしているので事件の詳細を調べるということはしません。

ただ、去年4月にロシア政府が制圧宣言をした北コーカサスの武装勢力がまだ生きていること、それにより現在ロシアの各地でデモを行われて威光に翳りが見えてきたプーチンが今後どうするのか、それによりロシアの対外政策が変わるのか否か、は重要ですので、これを解説する範囲内で調査、説明をしていきたいと思います。

さて、今回のテロでロシアの治安当局FSB(連邦保安局、KGBの事実上の後身)はチェチェン過激派のテロの疑いが強いとしています。

この件について北コーカサスのイスラム過激派の御用サイト「カフカスセンター」は「今回の犯行はロシア当局による長年の暴虐の結果だ」とチェチェン過激派の犯行を臭わせる文面。

http://www.kavkaz.org.uk/eng/content/2010/03/29/11741.shtml

今のところ犯行声明は出ていない模様。

チェチェンゲリラの頭目たちを中心とする「コーカサス・アミール国」(下画像参照)
kavkazamir

の公式サイトにも犯行声明らしきものはありません。

http://www.alkavkaz.com/haber/haber_detay.php?haber_id=1008

これは少々待たないといけないでしょう。犯行声明が出ればチェチェンの過激派がらみが確定します。

ただ、今のところいまいちこの件はイスラム過激派の犯行として片付けるにはちと考えるところがあります。

どうも第二次チェチェン戦争の前に起きた1999年のモスクワでのマンション爆破事件の件を思い出すのです。

この件でロシア世論の対チェチェン強硬論が盛り上がり、プーチンの大統領選に貢献しました。

この件についてはプーチンとFSBの自作自演疑惑が根強くあります。例えば管理人の院での指導教授もそう信じて疑いません。

この事件の真相が未だに解明できないように、この種の事件はこうだと断定することは不可能に近く、私ははっきりした判断を下すことはできません。

しかし、仮にロシア当局が自作自演を行ったとすれば、それは非常に時宜にかなったものであるのです。

現在、経済悪化が原因でロシア各地で反プーチンのデモが起きています。

プーチン、シロヴィキの権力基盤は治安機関(特にFSB)や軍なのでこれをくつがえすことは非常に難しいでしょう。

しかし、事態を放置しておくわけにもいかないでしょう。

その意味で、今回またプーチンが「手柄」を立てロシアの指導者は彼しかいないと民衆に思い知らせることができれば、政権にとってかなりのプラスになるはずです。

ただ、それは今回の事件がロシア国民に与えた衝撃の程度にもよります。

それほど衝撃が多くなく、「手柄」を立ててもさほどの反応も無ければどうなるでしょうか。

どうも今のプーチンと1991年、1999年の戦争前夜、連日の反政府デモと対峙していたミロシェヴィッチと重なるのです。



さっきも申し上げたように、「自作自演」とはあくまでも可能性です。

ただ、当局がチェチェン過激派の仕業の疑いがあるとしている以上、犯行声明のあるなしに関わらず当局は行動を起こすと思われます。

今後の出方について、注視していく必要があります。


anica1


そういうわけだ。

それでは、Laku noc i Do vidjenja!

テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

crnaoluja

Author:crnaoluja
こんにちは。
東欧地域の戦略環境分析が専門のシンクタンクで研究員をしておりますチェコ出身のエリシュカ・マジャーコヴァーと申します。

ネクロマンサーのすぴか、その一味のミルチャ・アントネスクとともに東欧情勢について御説明していきたいと思います。

ハンガリー以北(V4)+バルト三国は私、南東欧がミルチャ、地政学・戦略論など理論面はすぴかが担当致します。

文責は @crnaoluja (twitter)

ミルチャのアイコン絵はあんねこ先生より頂きました。
http://a-n-neko.tumblr.com/

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